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2006年4月20日 (木)

合併後の市議の有り方

福島民報の論説から。
市町村合併後のマンモス議会に批判がありますが、定数を減らすことで過疎地が取り残される不安もあります。
台東区でも我業界は下谷・浅草に別れており、地方では地元意識がもっと強いと思います。
合併した市町村では当初、小選挙区制を採る所が多いようですが、いずれは大選挙区制になります。
首長や議会には、地域格差への不安を取り除くと共に、住民も地域の特徴を活かしながら他地域との協調を図ることが大切だと思います。地域に根付いた議員さんにはその主導をしていただきたいと思います。

〔2006年04月19日掲載〕
田村市 伊達市/市議として大切なものは

 田村、伊達両市の合併後初の市議選は、両市とも定数が旧自治体の総計と比べて大幅に減り、激戦が展開されている。投票は旧町村単位の小選挙区で行うのが特徴で、市議と同時に地域の「顔」を選ぶ選挙ともいえる。立候補者は必死の呼び掛けをしているが、有権者は訴えをよく見極めて1票を投じたい。

 両市の定数の変化は数字が鮮明に物語っている。田村市は合併前の旧5町村の定数の総計が70だったのに対し、今回は26で44減、伊達市は旧5町の総計82に対し30で52減。合併による在任特例で両市とも議員数は県議会を上回る状況だったが、ともにほぼ3分の1の定数となった。定数減に伴って立候補者も絞り込まれ、田村市は45人、伊達市は46人。当選への倍率は田村市1・7倍、伊達市1・5倍となっている。

 新しい定数は人口比例で割り出したもので、有権者は削減を「合併前から決まっており、当然のこと」と受け止める一方、一部には「議員が少なくなって、地域が取り残されはしないか」と懸念する声もあるという。以前の2けたから「2」や「3」の定数で選ぶ選挙区では、自分たちの先生が減ってしまう印象を持っている有権者もいるようだ。

 昭和41年に14市町村で合併したいわき市は43年に初めての市議選を今回同様、小選挙区で行った。旧市町村単位の定数の総計は338というマンモス議会だったが、選挙で48になった。その後、徐々に選挙区を減らし、平成4年に大選挙区制に移行した。大選挙区制は今年で15年目だが、議員も有権者も依然、平、小名浜、勿来など地域の代表との意識が残っているという。

 田村、伊達両市の立候補者の訴えは旧町村単位の事業や施策が多い。まず自分の住む地域をどうするか、という訴えは有権者にとって分かりやすい。田村市はクラスター方式、伊達市は分散型合併という形で、旧町村の特性を生かし、均衡ある発展を目指している。市中心部だけが栄え、周辺部は埋没してしまわないように―との方針だが、旧町村のそれぞれの個性を守り、育てていくためには新議員の力が大きい。

 いわき市議会の例を出すまでもなく、旧町村単位の地元意識は大切で、後々まで残るだろう。地元を思う気持ちの集合体が将来的に市全体の推進力になるのではないか。一方で訴えの中で、全市的なビジョンは抽象論が目立っている。有権者からは個別的になりすぎて、市の全体像や将来像をどう描くかは、なかなか見えにくい、との指摘もある。

 23日の投開票日に両市の新議員が誕生する。大きく削減した定数が妥当なのか、少ないのか、またはそれでも多いのか。すべて就任後の議会運営と仕事にかかっている。その意味で有権者にとっては、今後4年間、新市のかじ取りを託す議員を選ぶ重要な選挙といえる。
 県内の「平成の大合併」は今年1月の伊達市、南相馬市、喜多方市で一応、落ち着き、市町村数は従来の90から61となった。田村、伊達両市の議会の行方は、在任特例後、初のケースとして注目している。その結果が合併が正しかったのか、間違いだったのか、のひとつの答えになるのではないか。(半野 秀一)

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