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NHK番組改変疑惑:真実と事実

現場では「政治化の介入が有ったに違いない」と思い込んでいたようですが、実際には介入はなかったようです。
ここでは「事実」と「真実」の違いについて考えてみました。

「事実」とは「実際に起こったこと」で間違いないでしょうが、「真実」とは「その人が見聞きしたことから、その人自身が最も納得できること」であると考えています。
つまり「私にとって最も納得できる事実」が私にとっての「真実」ということになります。
現場にとって政治介入は「真実」であったのでしょうが、この件に関しては「事実」ではなかった。
この乖離に大変興味が湧きました。

NHKはご存知のとおり予算を国会で承認されます。
何か事件を起こすと証人喚問も受けます。
「公平・公正な放送をするよう」常に「政治介入」を受けていると言えます。

NHKのドキュメントを見ていて常に感じるのが、「視点は良いのだが、掘り下げが少ない。結論をぼやかす不満」なのですが、このような環境ではNHKの負った宿命と言えるのではないでしょうか。
今回特に気になった記事が、朝日新聞の「NHK番組改変問題 「会長了承していた」と告発者会見」の記事にある

**さんによると、番組を企画した下請け会社の視点が主催団体に近かったため、「戦争を裁くことの難しさ」や歴史的な位置づけ、客観性を強調して現場を取りまとめてきたという。事前に右翼団体などから「放送中止」の要請はあったが、放送2日前の夜には通常の編集作業を終え、番組はほぼ完成していた。
(中略)
同日夜、ほぼ完成した番組をNHK局内で局長らが試写。その後、**さんらに対し、番組内容の変更が指示された。
 さらに翌日には、元慰安婦の証言部分など3分間のカットが指示され、通常44分の番組は40分という異例の形で放送されたという。
 番組改変の指示について、**さんは「これまでの現場の議論とはまったく違う内容。現場の意向を無視していた。政治家の圧力を背景にしたものだったことは間違いない」と述べた。

何故このような下請け会社の企画を受け入れたのか、このチーフプロデューサーの視点と、その上司たちの視点が最初からずれていたのではないかと推察できます。
上司たちにとっては、特定の議員の意向ではなく、NHK全体が受ける「政治介入」をNHKの方針として編集を命じたものではないかと思います。

愛媛新聞社説しか見つかりませんでしたが、

名前を挙げられたのは安倍晋三自民党幹事長代理と中川昭一経産相だ。二人は当時、歴史教科書から慰安婦問題の記述の削除などを求めて活動する議員連盟の要職にあった。

のでそれなりの発言をしているなど、標的にされた感はぬぐえません。

最後になりましたが、それぞれの現場に近い「ふらっとブログ」と「のぶろぐ」をご紹介します。
それぞれの立場からその不自由さを嘆いておられますが、「公(おおやけ)」とはそんなものなのかもしれません。

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コメント

トラックバックいただいた「ふらっとブログ」ですが、ぼくは不自由さを嘆いてはいません。(よね?)是是非非のスタンスは一貫しているつもりです。
いちばん深刻なのは、NHKニュースがこの問題をどう伝えているかです。
松尾氏も出席したNHK会見が行われた1月19日、その日の7時のニュースでは記者会見の模様をかなりの時間を割いて伝えていました。
伝えなければならないことを中立公平の立場から伝えるのが報道の責務であり、それをこの問題にあてはめると、双方の言い分、つまり、NHK幹部および政治家の言い分と、長井氏および朝日新聞の言い分を、等しく伝えるべきでした。
もとより、ニュース枠以外のたとえばクローズアップ現代なり、NHKスペシャルなりで、この問題を掘り下げることも可能だったはずです。現場関係者は長井氏だけではない。あらゆる関係者に徹底取材することもできたはず。たとえ上司の主張であろうと、それを客観的相対的に捉えることが、報道現場の役割であり、なおかつ、受信料に支えられた公共放送、「みなさまの」NHKにとっての責務だったはず。
ぼくはその日の7時のニュースを見たあと、あまりのショックに混乱し、しばらく何も手につきませんでした。
また、一視聴者の立場からしても、あんな一方的なニュースを見せられたのでは、たまったものではありません。
事の発端となった政治介入番組改変問題の事実ないし真実がどうだったか、ぼくはそれを知る立場にはありませんから、推定に基づいた発言はしたくありません。しかし、NHKのニュースがどう伝えたかは、万人のもとに明白です。
NHKは(より正確には、NHKの幹部はというべきか、NHKの報道局はというべきか…)、自ら、どんどん墓穴を掘っているような気がします。
この問題についてはなお考え続けているところですので、自分なりの結論が出た段階で、それをまとめてブログに書くつもりです。

投稿: fratdrive | 2005.01.23 01:19

コメントありがとうございます。
「不自由さを嘆く」という表現は、適当ではなかったかもしれません。
「自律する事の厳しさ」みたいな感じでしょうか。

NHKのニュースは、映像を保管してありますが、何かいや~な感じを受けました。
それは「ニュース」では無かったからなんでしょうね。

NHKを始め各報道機関は、「どう伝えるか」というポリシーが欠けているように見えます。
その意味で必要なのは、当該番組の当初の企画書と、最終的な変更指示の内容との乖離なのかもしれません。

投稿: 聞きかじり | 2005.01.23 09:47

番組の制作においては、かならずしも、「どう伝えるか」が首尾一貫しているわけではありません。…というと誤解を受けそうですが。ぼくは、ドラマというものが、脚本通りに作るのを基本にしていることを最近知って、逆にびっくりしたぐらいです。
たしかに最初に企画書があります。企画書に沿って制作を進めるのは基本です。ですが、企画書には大枠しかありません。番組制作は、ディテールをつくる作業です。リサーチをし、構成をきめ、ロケをし、編集をします。それぞれの段階において、さまざまな事態が発生します。くわしく調べてみたら、話が違ってたとか。脚本といういわば完成した作品をベースにつくられるドラマとは違い、報道番組は複雑な現実を取材することでつくられるので、想定外の事態が起こるのは当然です(逆に、そこで無理やりに現実を企画にあわせようとすると、ヤラセが起きます)。日々の事態に対応して、ディテールも修正していく必要があります。対応マニュアルなどはないので、すべて個別対応となります。現場スタッフ間の議論も行われます。構成演出するのは担当ディレクターですが、ディレクターの指示通りに制作が進むとは限りません。カメラマンも、編集マンも、ぼくのようなリサーチャーも、ときに意見を言います。番組とは、制作スタッフ全員で作っていくものです(とくにNHKではこうした傾向が強く、最初はびっくりしましたが、現場スタッフが単なる歯車ではなく言いたいことを言うというのは、健全だと思います)。最後の編集段階は、とりわけ重要です。いったんつないでみる。通しで見ると、どうもよくない。バランスがよくないとか、わかりにくいとか、いろいろあります。その後、何回も編集と試写を繰り返して、番組の完成度を高めていきます。そこではさまざまな判断がなされます。Aという素材を落としてBという素材を入れる、順番を入れ替える、ナレーションを変える、新たにロケしなおす…。ちょっと編集を変えるだけで、印象はずっと変わったりします。
当初企画書を総論とすれば、それに沿って出来上がった番組はいわば各論です。総論賛成各論反対など、よくあることです。報道番組において、どう伝えるかは、誰かの鶴の一声で決まるものではないし、そうあってはならないと思います。みんなで決めるものです。現場は現場で、喧々諤々の議論を交わし、上層部は上層部で、喧々諤々の議論を交わす。よりよい番組を作るために。番組とは、そうした議論と、さまざまなプロセスを経て、作られなければならないものと思います。
もし、件の番組がそうした健全な議論とプロセスを経たものであったなら、こんなことにはならなかったでしょう。

投稿: fratdrive | 2005.01.23 13:57

ブログエントリにもなりそうな貴重なコメントありがとうございます。
「慰安婦問題」は避けたほうがいいのかと思ってましたが、製作過程が載ってますので紹介します。

『創』2002年1・2月号、坂上香さんの記述
http://www.asyura.com/sora/bd16/msg/709.html

//*ETVは政見放送ではない。右派、左派、中道派の意見を均等に入れ、賛成、反対、そのどちらでもないという様々な意見がありますよ、と知らせることが「公平公正」だと考えているなら、視聴者をバカにしていることになり、その短絡的な見解自体に問題がある。*//

坂上さんが、NHKの教養部長からの指摘を無視した理由が上記の記述です。
この番組が「シリーズ戦争をどう裁くか」の第2回「問われる戦時性暴力」であって、「女性国際戦犯法廷」の取材ではありません。
だいたい「戦争を裁く」4回シリーズの2回が「軍事性暴力」で、その2回共に坂上さんが関与しています。
企画段階で、「軍事性暴力」の国内分として、決して広く認知されていない「女性国際戦犯法廷」だけで番組を作ることをNHKとして認めるとは思えないのです。
この2回の製作にかかわった人たちが、総じて偏っていたらどうなるのでしょう。
製作に当たった人たちでは合意が出来ていたとしても、少なくとも教養部長には「NHKの番組」として認められないという意識があったとしても不思議ではないと思います。

現場に反対の声が強く、最終的には「予算が通らない」との「政治圧力」を利用して削除を押し切った可能性はあります。

私には上層部の指示の甘さと、対処のまずさがあったと思います。

投稿: 聞きかじり | 2005.01.23 15:42

リンク先に書かれている内容について、ぼくはおおむね、理解できます。
一方で、少なくとも、従軍慰安婦問題を扱うには、甘いとも思います。
> そもそも44分という限られた時間枠の番組一つで、全ての視点を含むことなど物理的に不可能で、幻想である。
これには同意できません。この尺で作れないというのは、自らの力不足を告白しているようなものではないかと思います。

投稿: fratdrive | 2005.01.23 23:14

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