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地方分権時代の市民とは

真鍋貞樹の研究部屋」の「地方自治とは何か 3、「市民」とは何か」を読んで、久しぶりに書く気になりました。
今までは、いろんな人のブログを読んで、考えることは多かったのだけれど、私の考えは誰かが私より綺麗に書かれているので、ブログを書く気力を失っていたからです。

私が「政治」に目覚めたのは「いまデモ」サイトの「デモクラシー基礎講座」を読んでからです。
それまでにいろいろな違和感を抱えていた「市民」に対する考え方が、結構すっきりした感じになりました。

真鍋さんが言われる「市民」の定義で言うと、私は「私財を提供して生産に当たらせる市民」と「肉体(頭脳を含む)を提供して生産に当たる市民」では、「公」に対する考え方がまるっきり違うと考えるのです。

戦前の地主と小作の関係は「傲慢・悲惨」なだけの状態だったのでしょうか?
飢饉の時には助け合ったのではないでしょうか。小さいけれど、地方分権の手本じゃなかったのかと考えています。
戦後の農地改革によって、小作が市民権を得たことで失ったものがあるんじゃないでしょうか。

同じような感覚が、中小・零細企業の主と、大企業のサラリーマンとは、どちらが社会的貢献をしているのかで悩まされます。
今、日本が陥っている構造不況や少子化など、多くの問題が、サラリーマン重視ではなく、中小・零細企業を適正にはぐくむ、きちんと評価することで解決すると考えています。
中小・零細企業も評価されるような活動をするべきでしょう。
協同組合活動のあり方も問われていると思います。

いつものごとくうまく表現できませんが、地域や職能団体の活性化・透明化が、私の生活に直結していると思います。
今年は、インターネットの領域で何かをしたいと考えています。

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