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2005年は、RSS、公平・公正

2003年10月にRSS・XMLに興味を持ってから、何か面白いことが出来そうと、ブログを始めたのが2004年3月
いろいろなブログで書かれていますが、今年はRSSをうまく使いこなすことが、情報発信にも情報収集にも役立つようです。
まずは「パラボナミニ」か「My Blog List」でも使ってみてください。その便利さがお解りになると思います。

さて2005年、大事なことは「分をわきまえる、それを受け入れること」だと思います。
貧富の差や既婚か未婚などで「勝ち組み「負け組み」などと言われていますが、そんな価値判断は無意味なものと気付くことです。
世界的な経済のパイの拡がりを、これ以上無理に広げて何の価値があるのでしょう。
日本の高度成長なんて、たかだか20年くらいの異常経済だったのです。明治維新以降の経済成長も100年くらいのことです。
官僚機構に守られた経済成長や、大企業の論理によって、いかに社会構造が歪められ、それが今では将来への不安を惹起しているように感じます。
もっと「自分自身」を取り戻してもいいような気がします。
これら「あきらめ」や「開き直り」と受け取られるかもしれませんが、あるがままの自分、あるがままの現状を素直に受け入れることも必要なことではないでしょうか。

中東情勢など、世界が混迷を深めていますが、解決のカギは日本にもあるのではないでしょうか。
アメリカは「産業革命」によってはぐくまれた国です。歪な「経済成長」しか身についていない国です。
経済のみならず、宗教に対する考え方、集団の意思決定方法に、勝ち・負けの判断基準だけでは、世界の平和は望めないと考えています。
IT技術や経済発展の観点から、中国・インド・ブラジルに注目が集まっていますが、、宗教や歴史を含めると、エジプトやトルコにも注目を注ぐところです。
日本は政治と宗教をきちんと(徒党を組んで信ずることを強制するのと、個々の信ずることが集まって形を成す事は違うと思っています)分離し続け、世界平和に「金も口も手を出す」国になることができれば、日本は大きく世界平和に貢献することができると思います。
その礎になるのは、日経新聞にありましたが「日本語教育」だと思います。
海外への普及も必要ですが、日本人が日本語できちっと考え、それをきちんと伝えられる日本人の日本語教育ではないでしょうか。

三が日が終わります。正月の妄言だったかもしれません。

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