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個人と国家

笹山さんのサイトで、ニューヨークタイムスの記事を概訳していただけました。

それを読んで、「なるほど、そういう考え方もあるのか」と「いらんお節介と押し付けは止めてくれ」と感じました。
日本で実際に起こっていることに「おかしい」と言われても、それは現実を否定することだし、日本人を理解することにはならない、逆に「日本人を否定しているのか」と言いたくもなる。

そこで、笹山さんの掲示板に書き込んだわけですが。


日本でも「24時間以内に解放」の報が流れるまでは、英雄気取りじゃなかったでしょうか。
それが、この報の後、川口外相始め、政府の口調ががらっと変わったように記憶しています。

私は天性の天邪鬼なのか、ニューヨークの論調には全面的に賛同はできません。
日本で実際に起こっていることなので、アメリカに否定されると頭に来ています。
私が感じたのは、「個人と国家を混同している」でした。

解放条件である自衛隊の撤退を国家に強請した事が間違いだった。
その反動として、周囲は「国家の国民保護と自己責任」という大儀を振りかざして、バッシングが始まった。
どちらも個人の立場で居ながら、両極端の「お上意識を振り回した」んだと思います。
それが欧米やアラブの価値観とも違う日本人のとった行動心理だったんじゃないでしょうか。

世界にはいろいろな価値観があって、欧米の価値観の押し付けが紛争の火種になっているし、日本が真に自立できない原因じゃないでしょうか。


拉致事件についてはもううんざりしていますが、「これからの社会構築」については、まだまだ考えていくことになるでしょう。
ご迷惑でしょうが、ココログの「経済・政治・国際」の新着に載っているイラク関係の記事に、トラックバックさせていただきました。

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