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家族と国家

ル・モンドの引用などで欧米の「家族観」がもてはやされていますが、欧米と中東・極東(^ ^;ではその価値観が違っていてもいいじゃないかと考えています。

極東ブログに、「イラク人質事件、さらに雑感」と題してコラムが書かれていました。
その中に、「自分に責任を持てる大人がとった行動に、親・兄弟は関係ない――
という欧米人の考え方と、家族は共同体というお家制度みたいなものが根強く残る日本を垣間見た気がした今回の事件だった。」
という「オーストラリア・シドニー海外生活ブログ」の記事が引用され、同調されていました。

ここで思い出したのが大阪府議、朝倉秀実さんのコメントとそれを紹介している前府議の松室猛さんのコラムです。

つまり、30歳を過ぎても心配するのが親であり、テレビに出て涙することに私は何ら違和感を感じない。
ご家族が自衛隊の撤退を「嘆願」することは親の情に適うが、しかし、そこで正義を振り回し周囲も便乗して政府に強請した事は、間違っていたのではないだろうか。

その後の「自己責任」論においては、今度は周囲が個人と国家の立場を混同しているとしか思えない。
日本における家族観があっていいと思うが、個人と国家ではその拠るべき立場が違う、と言うことを強く認識させられた。


[最近、ブログ繋がりがうれしくて、調子に乗りすぎたコメントを書きまくってしまった。荒らしてしまったブログ主の方々にここでお詫びします。]

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コメント

極東ブログのネタ元になった「オーストラリア・シドニー海外生活ブログ」の平野です(^^;
「子供が何歳になっても親は心配なもの」という感覚は洋の東西を問わないと、私も思います。

今回私がブログに書いたのは、“報道姿勢(報道のあり方)”であって、マスコミが家族を引っ張り出してくるのはどうか?と思う…というとこなのです。

きっと(時間的には短かったけれど)人質になったオージーの家族だって心配してたでしょう、が、それを報道すれば「感情論」になりかねないということを彼ら(こちらのメディア)はわかっているし、大人の行動に親の意見を求めるのはどうか?という感覚に基づくものだと思うのです。

今回の事件のような問題は、「感情論」でとやかくいう問題ではないのでは?ということなんです。

投稿: 平野@オーストラリア | 2004.04.25 14:54

ご本家からのコメント、ありがとうございます。

他の掲示板でのやり取りで、「欧米とアラブと日本では、価値観・家庭への概念が違うんではないか」という議論をしていたので、元の平野さんの文章をよく読んでいませんでした。
申し訳ありません。(と、謝罪から入るのも日本的なんでしょうかねぇ?)

僕個人の感想として、家族の感情を報道することは構わないと思いますが、それを政治の駆け引きに使ったこと、マスコミがそれを煽ったことなどは、許容範囲を超えていました。
官房長官の記者会見で質問をするのも、マスコミ記者ですよね。
政府から、厳しい言葉を引き出して、逆方向へ煽ったのもマスコミと言えるかもしれません。

「報道姿勢」「感情論」は本当にそのとおりだと思います。
なんか一杯書きたくなっちゃいましたが、まとまりがつかなくなりそうで止めておきます。
いろいろ考えさせられたコメントに感謝します。

投稿: 聞きかじり | 2004.04.25 17:45

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